ここでは、誰かの期待に応える必要はありません。
ただ、あなた自身の気持ちに向き合う時間を大切にしています。
散歩の途中で見つけた風景や、心の声を、そっと記録していきます。
皆さんの散歩をする理由はどれですか?
今、散歩をしている人も。
これから散歩に出かけようとしている人も。
そして、かつて散歩をしていた人も。
ふと外に出たくなるとき、そこには言葉にならない気持ちがあるのかもしれません。
この中に、あなたの気持ちに近いものはありますか?
・自分自身に戻りたくなったとき
・運動不足を解消したくなったとき
・気分を切り替えたいとき
・ストレスを感じたとき
・自然の中で呼吸したくなったとき
・誰にも邪魔されずにいたいとき
・何も考えずにいたいとき
・自分の気持ちを整理したいとき
・ただ静かになりたいとき

散歩とは、気晴らしや健康のために、目的を持たずにゆっくり歩くこと。
ウォーキングやジョギングのように運動目的ではなく、心や感覚に寄り添う行為です。
散歩は、心の無意識な選択
人は、意識していなくても「自分を整える行動」を自然と選ぶことがあります。
散歩はその代表例。
何かに追われている日々の中で、ふと歩きたくなる瞬間があります。
それは、心や体が静かに「今は少し休もう」と教えてくれているのかもしれません。
心理学では、こうした行動を「自己調整(セルフレギュレーション)」と呼びます。
感情が乱れているとき、人は自然とバランスを取り戻そうとする。
散歩は、心のバランスを整えるための“静かな選択”なのです。
言葉にならない散歩の理由
- 心の中がざわついている
- 自分の気持ちが見えなくなっている
- 誰にも邪魔されずにいたい
- 何も考えずにいたい
- 自然の中で呼吸したい
- ただ、静かになりたい

こうした理由は、はっきり意識しているわけではないけれど、歩いているうちに少しずつ満たされていくものです。
これは「心理的回復(Restoration)」とも呼ばれ、自然との接触が心を癒す力を持っていることが研究でも示されています。
散歩がくれた静かな時間——体験から
🧍♂️ 体験談①:仕事で頭がいっぱいだった日
ある日、仕事の締め切りや人間関係で頭がいっぱいになって、何も考えられなくなった。
気づいたら靴を履いて、外に出ていた。
歩いているうちに、少しずつ頭の中が整理されて、帰る頃には「まあ、なんとかなるか」と思えていた。
散歩は、思考を整える“静かな時間”だった。

🧍♀️ 体験談②:家庭のことを忘れて歩いた休日
予定のない休日、家事も育児も少しだけ手を止めて、スマホも持たずにただ歩いてみた。
目的地もなく、気の向くままに。
途中で見つけた小さな公園にふらっと立ち寄って、ベンチに座ってぼーっとしていた。
何か解決したわけじゃないのに、気づけば気持ちが落ち着いていた。
心の中に静けさが戻ってきたような感覚があった。
散歩は、答えを出すためじゃなく、ただ“そのままの自分”でいられる時間なのかもしれない。
🧍♀️体験談③:自分に向き合いたくて、外に出た朝
ある朝、特に予定もなく、ただ外に出たくなって散歩に出かけた。
目的もなく、どこへ行くかも決めていなかったけれど、気づけば靴を履いて、静かな道を歩いていた。
風の音、鳥の声、朝の光——それらに包まれながら歩いているうちに、ふと気づいた。
「外に出たい」と思ったのは、実は「自分自身に向き合いたい」という気持ちだったんだ。
誰かのために動くことが日常になっていて、心の奥にしまっていた“自分の声”に、ようやく耳を傾けたくなったのかもしれない。
その朝の散歩は、自分のために動きたかった心が、静かに体を動かしていたのだと思う。

歩くことで、いろんな自分に出会う
散歩は、ただ元の自分に戻るだけではありません。
歩いているうちに、忘れていた自分、まだ知らなかった自分、変わり始めている自分——いろんな自分に出会うことがあります。
- 昔の記憶がふとよみがえる
- まだ言葉になっていない気持ちが浮かび上がる
- 同じ道が、前とは違って見える
- 誰かの役割ではない“自分”としてそこにいる感覚

散歩は、心を整えるだけでなく、心を開く時間でもあるのです。
歩くことで、自分を取り戻す
散歩は、ただの移動ではありません。
それは、自分の内側と静かに向き合う時間。
誰かに話すわけでもなく、何かを解決するわけでもない。
でも、歩いているうちに、少しずつ心が整っていく。
そして、少しずつ“自分らしさ”が戻ってくる。

あなたが最近歩いたのは、どんな気持ちのときでしたか❓
その歩みの中に、まだ知らなかった自分がいたかもしれません。


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